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平成28年度船橋市中学校演劇部夏の発表会

平成28年度船橋市中学校演劇部夏の発表会

2016年8月4日・5日

船橋市民文化ホール

平成28年度船橋市中学校演劇部夏の発表会

船橋市内の中学校の演劇部が、日頃の活動の成果を披露すると共に、他校の舞台を見て交流を図る発表会が8月に開催された。今回は30周年記念大会ということである。これだけ長い期間続いてきたというのは,なかなか凄いことだ。それだけ各校の演劇部は活発に活動しているというわけである。

発表会は毎年春・夏・冬の3回行われている。夏の発表会は1年・2年・3年の部員が勢揃いするので、3回の中ではおそらく最も活気とエネルギーに溢れた大会なのであろう。

 

参加校は船橋市内の中学校8校と松戸市から1校、合わせて9校である。

 

 

1日目は6校が上演した。

 

トップを飾ったのは、葛飾中学校「ヤマタノオロチ外伝」(作:亀尾佳宏)。寓話のような世界観の作品で、冒頭や途中途中での集団演技のシーンが圧巻。舞台上にヤマタノオロチを象徴する赤い布を吊るなど、舞台装置も凝っていて、難しい脚本を自分たちの表現に変える力を感じた。

宮本中学校は「ジョーカー」(作:原田萌・熊手龍久馬)。トランプたちが人を幸せにすることで自分達も変わっていく姿を通して、前向きに生きていこうとしている演劇部員たちの姿勢が見えた。随所に挟まる大人や夢に対する今の中学生のリアルな視点も面白かった。

昼食休憩を挟んで、前原中学校「アニータ・ローベルのじゃがいもかあさん」(作:土田峰人)。ナチス支配下のユダヤ人たちという、現代の中学生からはかけ離れた物語を自分たちのものとしてしっかり演じていた。役のキャラクターがはっきりして見やすかった。劇中の歌のメロディは部員が鼻歌で歌ったものだそうである。

松戸第一中学校の「修学旅行」(作:畑澤聖吾)は小劇場で上演されそうなシチュエーションコメディ。身近な題材だけあって、各人のキャラが際立つコミカルで等身大の演技は笑いを誘っていた。しかし、通奏低音のように流れる不協和=戦争・紛争に繋がるメンタリティもしっかり掴んでの作品作りは見事だった。

法田中学校の「広くて素敵な宇宙じゃないか」(作:成井豊)は、アンドロイドのおばあちゃんという近未来の設定でありながら、時代を超えて変わらない家族の絆を描いた舞台。セットも大がかりだったし、劇中に挟まれるダンスシーンが、大人数でレベルが高く圧巻だった。声量がほぼ均一で聞きやすかったのも見逃せない。

1日目の最後は海神中学校の「Fairy tale 〜welcome to Neverland〜」(作:小森世菜)は部員の創作脚本である。白雪姫とピーターパンという2つの童話の世界を繋げて、新しい世界に出て行こうとする主人公の心の動きを描いた。中学校という場所から巣立っていく生徒たち自身の不安と希望が伝わってきた。

 

2日目は3校の上演である。

 

御滝中学校は「アニータ・ローベルのじゃがいもかあさん」(作:土田峰人)を上演。1日目の前原中学校と同じ演目である。学校演劇の発表会では時々こういうことが起きるが、それもまた楽しみの1つだ。御滝中の解釈・演出で上演された舞台は、前原中のものとはまったく違った印象を与えるもので、コメディの要素がはっきり入っていて面白かった。また、ピアノとトランペットの生演奏があったのも印象的だった。

千葉日本大学第一中学校の「男でしょっ!」(作:一宮高志)は女子校に男子生徒が入ってくることによって起きる日常の変化を描くスラップスティックコメディ。女生徒の描写が非常にリアルで、女子のバイタリティーに押される男子という現代の中学生の構図をコミカルに見せて、楽しい仕上がりになっていた。

大会のラストを飾ったのは、船橋中学校の「夜空の虹」(作:山崎陽子)。キーボードとバイオリンの生演奏が入るミュージカル仕立ての舞台だった。静謐でファンタジックな世界観の中にダンスが入り、観客を物語り世界に引き込む。ラストの合唱の歌声は美しく、余韻が残った。

 

2日間で9校の舞台を見て率直に感じたのは、想像以上にレベルが高いということだった。どの学校もみな作品の世界観やテーマを的確に掴み、それを自分達の独自の感性で表現していた。日頃、楽しみながら、真摯に、そして前向きに活動に取り組んでいるのが伝わってきたし、チームワークの良さも分かった。

彼等・彼女等の舞台を見ていると、そのエネルギーと瑞々しさが眩しく見え、見ている方もすがすがしい気持ちになる。そして、元気を貰える。中学生が今考えいることや悩んでいること、等身大の姿を生で楽しみながら見ることができるのだ。こんな素敵な行事があるとは、地元に暮らしていながら今まで知らなかったことが勿体なく感じられた。

部員たちの活動を陰になり日向になり支えている先生方や親御さんの存在も大きい。この発表会の舞台は、そういった人達が1つになって、力を合わせて作り上げたものである。文化・芸術に対する理解と、生徒たちの成長を温かく見守る学校と家庭・地域の存在があればこそできる活動である。

この発表会を通して、改めて演劇の素晴らしさと、青春を謳歌する中学生の躍動し、輝く身体と魂の鼓動のようなものを感じた。もっともっとたくさんの人にこの舞台を「体感」して欲しいと切に思う。大袈裟でなく、これは船橋の、そしてこの国の宝物といっていい。

 

先に書いたように、中学校演劇部発表会は年に3回行われている。是非、元気で魅力的な中学生の舞台に触れるために、足を運んでいただきたいと思う。きっとそこには豊穣な時間が流れているはずだ。

無銘鍛冶

無銘鍛冶
1999年11月結成。前身、演劇集団アコースティック・アライヴの主宰、酒井徹によって、「芝居よりも殺陣」「カッコ良いかつ安全な殺陣」を追求するべく誕生した。現在は月4回の定期稽古の他、各学生演劇団体への出張稽古を行っている。

メンバー

  • 代表・師範  酒井徹
  • 師範代  吉岡勝
  • 師範代補佐  佐藤和明

「無銘鍛冶」とは

「無銘鍛冶」とは、代表の酒井曰く、「銘の入っていなくても、銘刀と同じ位鋭さと切れ味を持った刀のような殺陣」を作るという心意気を込めた名前である。団体の公演の他、外部団体の殺陣の振り付けも行っている。以前、息吹のユニット・Favorite Banana Indiansでも殺陣をつけてもらったことがあった。この時は、出演者の殆どが殺陣は初体験であったため、所作を一から指導していただいた。とても丁寧な指導だったのを覚えている。

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酒井自身も、学生時代から時代物(主に新撰組に関するもの)が大好きで、役者の素養のひとつとしても殺陣をやりたいと思い、始めたという。その殺陣への思いの強さが、殺陣中心の集団(ユニット名は「エアリズム」)の創設に繋がった。
「アコースティック・アライヴの時は、皆さん役者なので、芝居を見せたいから、芝居の練習がしたい、殺陣の稽古はそんなにやらなくていいんじゃないかというご意見をずっといただいていた。そのへんが自分の中でずっとモヤモヤしていた。無銘鍛冶にしてからは、殺陣の練習はきっちりやる、その上で芝居の練習をやる。殺陣を主体にするユニットとして立ち上げたので、殺陣ができなきゃどうしようもないでしょう、と。」
2001年の第1回公演「鞍馬天狗異聞」(アゴラ劇場)から、一貫してそういう方針で臨んでいる。芝居の中に殺陣が入るのではなく、殺陣を効果的に見せるために芝居がある、という位置付けだろうか。

トータルで1000人以上の指導

また、先に書いたように、無銘鍛冶としての公演の他に、他の劇団や高校・大学の演劇部などの公演の殺陣の振り付けや指導も行っている。学校の方は、長いところでは10年以上にわたっており、劇団は名の通った劇団から小劇場まで、トータルで1000人以上にはつけているという。
外部の団体の場合、すぐにお手本の型の通りにはできないことが殆どなので、まずは基本の所作から教えることになる。となると、当然問題になるのは、殺陣にどのくらいの稽古時間を割いてもらえるのかということになるが、大抵の団体は、殺陣を作るのにある程度のまとまった時間がかかるという認識がない。本来は、殺陣稽古はダンスの稽古と同じく、演技部分の稽古とは切り離して時間をとるべきで、そうすることで完成度も上がる。しかし、なかなかそうもいかない場合も多い。圧倒的に限られた時間と、役者の殺陣のスキル、そして演出が見せたい方向性という条件の中で、いかに格好良く見える殺陣を作るかが、腕の見せ所というわけだ。

無銘鍛冶の殺陣へのこだわり

無銘鍛冶の殺陣へのこだわりは、細部にも及ぶ。例えば、登場人物の性格や剣の腕、経験等によっても、刀の振り方は当然違う。これを意識して殺陣を作る団体はあまりないと思われる。しかし、無銘鍛冶は、振り方は勿論、刀と刀がぶつかり合う音(SE)の違いにまでこだわるのだ。今や殺陣入りのエンタメの代表格である新感線の殺陣も、ただ綺麗に、格好良く見えるように振っているだけだと、酒井の目には映るようだ。
「殺陣主体」というのは、殺陣のシーンがたくさん入っているというだけではなく、「殺陣による演技・表現」を追究する、より本格派の、殺陣の奥深さを体感できるような作品であるということなのである。

何より無銘鍛冶が重視する「安全」

そして、何より無銘鍛冶が重視するのは「安全」だ。これまで自主公演は勿論、無銘鍛冶が殺陣をつけた団体で、けが人は一人も出ていないという。これは大きな実績だ。
「殺陣は安全が重要なので、それに気を付けつつ、格好良く見せるということの両立に重点を置いてきた」
怪我をしない・させないように、常に相手のことを考える。それも無銘鍛治の殺陣指導のポイントだ。
酒井が前に所属した団体で、実際に殺陣でけが人が出て、公演に支障が出る寸前までいく事態になった苦い教訓を踏まえてのことである。最大のリスクである怪我を回避し、それでいて安パイを踏まずに格好良い殺陣ということを常に意識しているそうだ。

定期稽古には、ホームページを見て応募してきた人や、高校・大学の演劇部員等が参加しているが、殺陣は無経験という人が殆どだそうだ。その中から、無銘鍛冶の公演に出演する人もいる。
「(稽古に)参加すると、必ず一皮むける。稽古でこつこつ積み上げてきて、本番になると、ずっと殺陣をやって来た人に追いつく人もいる」
「稽古を続けて、無銘鍛冶の自主公演にも出ると、基本も見せ方も両方できるようになる。そういう人が一番強い」
殺陣ができるというのは、役者にとってはひとつの武器だ。特に、女性にとってはかなり強力なものとなる。殺陣ができるということで、主要キャストに抜擢されることもある。殺陣は危険だと敬遠する女性も多いが、先にも書いたように、無銘鍛治の稽古は怪我の心配がない。その点では安心して稽古に参加でき、確実にスキルを身につけることができる。

無銘鍛冶はレッスン料

ただ、殺陣は2、3時間やればものになるというものではないので、ある程度の期間は稽古に通い続けることが大事だ。その場合、気になるのはお金の面だが、無銘鍛冶はレッスン料がかなりリーズナブルであるのが嬉しい。一般は1レッスン1500円、学生は1000円。週1回1ヶ月通っても6000円である。月謝制ではなく、行った回数分払う方式であるのも有難いところだ。その辺りも、レッスンを受ける方の立場に立つ、「相手を考える」という無銘鍛治の殺陣の姿勢と繋がっている。習う方から見て、コスパは非常に高いといえるだろう。

待望の新作の上演を予定

無銘鍛冶は、これまで5回の公演を行ってきているが、近々、待望の新作の上演を予定している。酒井の脚本で、新撰組で明治まで生き延びた永倉新八の回顧録的な内容になる予定だ。そして、今度は殺陣を抑えめにするという。つまり、演技(ドラマ)の部分も重視する内容になる。これまでとは少し違った、無銘鍛冶の新しいスタイルの舞台が見られるだろう。今から楽しみである。

無銘鍛治の殺陣には、殺陣を愛するが故のこだわりと、確かな技術に裏打ちされた独特の重厚さとスピード感がある。また、最近、殺陣の稽古中の役者の死亡事故が起きている。安全第一は殺陣の基本だ。その点も無銘鍛治はしっかりと押さえ、活動の中心に据えている。一から殺陣を習得したい人にも、より高いスキルを身に付けたい人にも、安全でスキル的に無理のない、でも格好良い殺陣を入れたい演劇団体にも最適の殺陣集団だ。
勿論、自主公演も見所満載である。
是非一度、無銘鍛治の殺陣を体感して欲しい。そして、もしあなたが役者なら、その殺陣を体現できる力を身につけてみて欲しい。きっと殺陣のある舞台には欠かせない存在になれるだろう。

無銘鍛冶ウェブサイト

製作委員会 小谷陽子

製作委員会 小谷陽子

大学が演劇科で演劇を始める。大学と並んでENBUゼミKERAクラスにも通う。
その後、フリーの役者として小劇場で活動した後、事務所に所属し映像方面でも活動。
8年ほど前に知り合いと演劇系のイベントに出ることになった時にほぼアクシデント的に台本を書くハメになり、その後稽古用の台本などを書くようになる。
役者として活動する一方、5年前から自ら主宰する演劇ユニット「製作委員会」を始める。現在も舞台・映像出演しながら「製作委員会」を元気に細々と継続中。

製作委員会
2010年ころ、小谷陽子が都内で立ち上げた演劇ユニット。いちおうユニットと言ってはいるが実際は劇団ひとりならぬ製作委員会ひとり。現在もゆるゆると活動。

製作委員会公演履歴
2010年10月20日〜10月22日「港町殺人」作/藤尾京子
2012年1月20日〜1月22日
「いちご、マスゲーム、妄想」
2012年11月30日〜12月2日
「悪癖」
2013年5月30日〜6月1日
「がんばれ美香子〜なにそのタイトルやめてよ」
2013年10月19日〜26日
「JFK」
2014年8月1日〜8月3日
「Starting Block」byセミナーズ2013
オムニバス公演に「No more bet」で作/演出/出演として参加
2015年4月7日〜12日
「尼ちゃん」
自主映画
「OH!ぱいパニック」
2015年11月28日アミューあつぎでのイベントで上映予定

 

製作委員会というユニット名は一風変わった名前だ。代表の小谷曰く、その意味するところは、「○○製作委員会」、すなわち、毎回その時の公演の作品名が隠れているのだという。その名前の付け方からも、微妙な力の抜け具合を感じる。
製作委員会がこれまで上演してきた作品(主に小谷作)の作風は、ユニット名の由来に象徴されるように、中心がありそうで、ない。捉え所がなく、意味を求めようとすると掌からこぼれ落ちていく感じなのだ。
「スタイリッシュでも、トレンディでもない。くだらなくて、何も残らないものを目指して作っている」
と小谷は言う。もともとはコメディが好きだが、大笑いするよりも、クスッと笑えるものを作りたいのだそうだ。

そんな製作委員会の作品には、根底に流れる「隠しテーマ」がある。
20代の話や、普通の会社員の話は書かないというのだ。
「今の20代や、普通の会社員のことって、分からない。分からないことは書けない」
と小谷は言う。しかし、それだけではないだろう。彼女の興味関心は、もう少し上の世代にあるようだ。
「30代から40代、50代になったら、もう人生動かない、この後の急展開はないだろうと思う人が多い。面倒くさいし、体力がないということかも知れない。だからどちらかというと、安定を求める方に向かう。でも、ここで固まっちゃうのは辛くないですか?」
自身も30代の小谷は、自分自身の活動にも絡めて言う。
「それは嫌だなって。希望がない。ワクワク感がないというか。何が起こるか分からないと思ってないとつまらない」
「これからは高齢化社会になる。平均寿命が95歳くらいになるかも知れない。そうなったら、30歳超えても、いきなり職業が変わるとか、そんなことはあり得ないって言えますか?だったら、皆さんも何でもやっていきましょう。そのことをお客さんには伝えたい」
くだらなさの追求は、この考え方から導き出された製作委員会の作品の重要な方向性であり、根本を貫く思想だ。
「『この年齢(とし)になっても、こんなくだらないことをやってる』っていうのを書きたい。『この人達、こんなくだらないことをしてバカだな。俺も似たようなもんだけど。これでいけるんだったら、俺ももっといけるだろう』と思って欲しいし、そういう部分を引き出していきたい」
とはいえ、それを声高に主張するわけでもない。
「お客さんがリラックスできる、感動的よりは終始くだらないものを」
という姿勢は一貫している。

また、製作委員会の作品には、ホストやその店の経営者等、小谷の表現を借りれば「隙間産業」の人間が多く登場するのも特徴だ。「JFK」や「尼ちゃん」で舞台になっているお寺も、一般人の世界ではない。その理由を彼女は、
「自分が隙間産業しか知らないからかもしれません。普通の正社員の人たちの美味しいところと不味いところ、という感覚があまり分からないというか。もし分かったとしても書きたくなるのかどうか…」
と言う。彼女にとっては、人生における「意外性」が大事なのだが、それを象徴するものとしてこうした人間達の世界がある。そして、私達は、何かの拍子で自分がそちら側の人間になるかも知れない。その可能性はゼロではない。私達は、製作委員会の舞台を通して、そうした世界をのぞき見ることができる。

製作委員会の活動の他に、小谷は日本劇作家協会主催の「戯曲セミナー」の卒業生有志で構成する「セミナーズ」の公演に、作・演出で参加している。こちらの作品は、オムニバスの1本ということもあり、短編だ。また、「場転なし」「少人数」といった縛りもある。こうした短編の場合は、製作委員会の作品とは違った作り方をするそうだ。
「書かないように、書かないようにする。お客さんに委ねるところが大きい」
さらに、次回のセミナーズの作品は、小谷作品には珍しく「ちょっと真面目なもの」になる予定だとか。新たな「小谷ワールド」の予感。こちらも楽しみである。

役者としても、彼女は製作委員会の作品に出演し続けている。それは、演出として外側から関わるだけではなく、自ら作品の中に入り込んで、その世界を構築していきたいからだという。言ってみれば、「くだらなさ」を自らの演技でも表現しているわけだ。
「(人生は変化があっても)思っているより全然イージー。『あら、こんなもん』ていう感じ」
「これからもバカみたいことをやりたい」
そう繰り返す彼女。そのキリッとした顔立ちからは想像がつかない。
「根が子供なんでしょうね。顔で得してます。『喋ってないと頭良さそう』って言われる」
そう言いながら、彼女は笑った。彼女のしなやかさがにじみ出ているような、柔らかな笑顔だった。

「ネジが1本抜けたような感じ」(小谷)である作品を見て、観客は、自分がネジを締めすぎているのではないかと無意識のうちに気付く。若さを失って、無難に凝り固まっていくことを拒否し、柔軟に、力を抜いて、可能性を信じて人生を送ろう。そんなメッセージが、製作委員会の舞台には込められているのだ。
その意味では、これは小谷流の、普通の形とは違う「人生の応援歌」といえるのかも知れない。

製作委員会は30代、40代の役者を求めているという。
息苦しい日常に疲れ、力を抜いたバカバカしさの表現の中に身を委ねてみたいと密かに思っている役者の方は、連絡を取ってみるといいだろう。
そして、同じように疲れ果て、今後の人生に漠然とした不安を抱いている人は、どの世代であっても、製作委員会の舞台に足を運んで、くだらなさのシャワーを浴びよう。そして、自分のネジを一本抜いてみれば、今までと違った人生が見えてくるかも知れない。
(文中敬称略)

 

製作委員会ウェブサイト